疾患動物情報

  • 種類

  • 品種

    ペルシャ

  • 年齢

    6歳

  • 体重

    2.72 kg

  • 性別

    避妊メス

主訴病歴

  • 後肢麻痺
  •  

病歴

4日前の突然の後肢麻痺のためかかりつけ動物病院を受診。飼い主が夕方に帰宅した際、ケージの中でうずくまり、トイレにも行けず訴えるような声で泣き続けていたとのことでした。対症療法で落ち着いたようにみえたものの、後肢麻痺と食欲低下が続いていたため、当センターを紹介受診しました。

検査および診断

当センター初診時、両後肢は麻痺し、身体検査では後肢先端の冷感を認め股動脈拍動の触診では左側は消失し、右側わずかに触れる程度でした。超音波検査では、腹大動脈の左右外腸骨動脈分岐部の頭側にカラードプラ超音波検査においてカラーフローがのらない塞栓部がみられ、大動脈血栓塞栓症(Aortic thromboembolism ; ATE)が示唆されました(図1a)。その横断像では塞栓と血管壁の間の血流はわずかであり(図1b)、重度の塞栓症であると判断されました。

図1 大動脈血栓の超音波カラードプラ像[治療前]
(a)矢状断像:左右外腸骨動脈分岐部の頭側に認められた大動脈塞栓。カラーフローがのらない部位(T)が血栓に相当する。(b)横断像:血栓(T)と血管壁の間にわずかなカラーフローが認められる。

他疾患の除外のため実施した造影CT検査では、大動脈遠位の外腸骨動脈分岐部に造影増強を伴わない欠損像を認め、ATEであることが確認されました(図2a、 2b)。

図2 大動脈血栓の造影CT像[治療前]
(a)矢状断像:膀胱背側の大動脈に造影欠損を示す塞栓(T)が認められる。(b)水平断像:大動脈から右外腸骨動脈分岐部に塞栓を示唆する造影欠損(T)が認められる。

猫のATEの基礎疾患として心筋症や甲状腺機能亢進症が考えられますが、心臓超音波検査ではATEの原因となる心疾患は認めず、血中サイロキシン(T4)値は基準範囲内でした。血液化学検査では高窒素血症のほか、クレアチンキナーゼ(CK)の著しい上昇を認め、筋組織障害が示唆されました。以上のように、画像検査および血液検査において血栓塞栓症と関連する基礎疾患を認めなかったため、本例を特発性のATEと診断しました。

治療

血栓塞栓症に対する治療法として、血栓溶解療法や血栓摘出術は副作用や侵襲が強く、特に急性期以降では推奨されません。また、抗血栓療法も、抗血小板薬としてアスピリン、抗凝固薬としてヘパリンやワルファリンが用いられてきましたが、その有効性は低いことが知られています。しかし、近年、抗血小板薬であるクロピドグレルの心筋症の猫への使用は、アスピリンに比べ血栓塞栓症の再発率を有意に低下させることが報告されました。また、 2010年代に入って上市された新規経口抗凝固薬(Novel oral anticoagulant、 NOAC)は、人において抗血栓薬として急速に普及し、これらを犬や猫に応用する研究も進むなかで、基礎的な知見が得られています。そこで、入院下にてクロピドグレル(18。75 mg/頭、SID)とNOACの一つであるリバーロキサバン(2。5 mg/頭、SID)の併用療法を行ったところ、第7病日には右側の股動脈拍動が初診時よりも強く触知されるようになり、高窒素血症の改善およびCKの低下を認め、食欲も改善しました。第9病日に退院し同薬剤の経口投与を継続、第30病日の検診時には、左側の股動脈拍動も触知されるようになり、超音波検査において大動脈血栓は消失と(図3a、 3b)、血液化学検査においてCKの基準範囲内への低下を確認しました。

図3 図1と同じ部位の超音波カラードプラ像[治療後]
(a) 矢状断像:大動脈(A)〜外腸骨動脈(EIA)の血管内腔全体にカラーフローが認められ、血栓が消失していることがわかる。(b) 横断像:腹大動脈(A)の内腔はカラーフローで満たされている。

その後は順調に回復し、3ヶ月後には自分でトイレに行けるようになってオムツが不要になり、普通の生活を送ることができるようになりました。

本例ではATEの基礎疾患が不明であったため、血栓消失後もクロピドグレルとリバーロキサバンの投薬を継続しています。初診から1年5ヶ月経過した現在も血栓の再発はなく、投薬による副作用も認めていません。私たちが本例の治療開始後に、猫のATEのクロピドグレルとリバーロキサバンの併用療法に関する論文がカリフォルニア大学から公表されました(2022年)。今後もデータを蓄積し、猫のATEの治療についての知見を積み重ねていきます。

執筆者

泌尿生殖器・消化器科

笠原 幸一