疾患動物情報

  • 種類

  • 品種

    雑種

  • 年齢

    9歳9ヶ月齢

  • 体重

    4.45㎏

  • 性別

    去勢オス

主訴病歴

  • 食欲低下
  • 流涎
  • 4㎝大の歯肉腫瘤

犬の悪性黒色腫について

犬の口腔腫瘍の一つである悪性黒色腫は犬の腫瘍全般の中でも比較的発生が多く、局所浸潤性に加え遠隔転移率が高いことで知られています。さらに病変からの出血や悪臭、疼痛、食欲減退など動物のみならず、飼い主さまにとっても臨床的な不利益が顕著であるため、局所進行例であっても緩和的な外科治療が考慮されます。犬は一般に顎骨切除によく耐え自力採食は維持されますが、外科適応外と判断された場合には放射線治療の選択肢もあります。

症例

食欲低下と流涎を主訴にかかりつけ医を受診し、4 cm大の歯肉腫瘤を指摘され当センターを紹介受診しました(図1)。麻酔下での肉眼観察や触診、CT検査による顎骨および全身評価、組織生検および所属リンパ節針生検によるステージングを実施しました。
CT検査では、明らかな転移病変は認められなかったものの、下顎骨の広範囲な融解を伴う軟部組織病変が確認され(図2(a)(b))、病理組織検査および各種検査所見から悪性黒色腫 T3N0M0、臨床ステージⅢと診断しました。

図1 術前 肉眼所見
図2(a) CT検査 造影軟部条件
左下顎骨内側を中心に辺縁不整で造影効果を呈する軟部組織性腫瘤を認めた
図2(b) CT検査 骨条件
顕著な骨融解を認めた

治療

全身評価では明らかな転移病巣は認められなかったものの、局所病変としては進行期であり、病変も舌の近傍にまで及ぶことから十分な切除マージンの確保は困難と想定されました。しかしながら、病変からの出血や悪臭、疼痛のコントロールのため外科切除を提案しました。
術式は下顎片側全切除とし、下顎および内側咽頭後リンパ節を摘出しました(図3、図4)。術後の病理組織学的な検査では、切除マージンは一部不明瞭であると診断されたこと、悪性黒色腫は遠隔転移性の高い腫瘍であることから、術後補助療法としてカルボプラチンを用いた化学療法を選択しました。

図3 切除 肉眼所見
図4 術後 肉眼所見

経過

外科手術実施により食欲は旺盛となり、流涎も見られなくなりました。術後補助療法のカルボプラチン投与は3ヶ月間実施し、その後は定期検診に切り替えました。その後、外科手術から6ヶ月後の検診で肺転移が確認され、最終的には脳転移を疑う神経症状(発作)により、残念ながら術後9ヶ月で亡くなりました。
しかし、その間口腔内に局所再発は確認されず、術後9ヶ月頃の発作など状態悪化がみられるまでは自力採食が可能であり、QOLも良好に維持されました。

まとめ

本例のように局所的に進行した病態でも、出血や悪臭のように、生活するうえで動物にとっても、飼い主様にとっても大きな負担となる症状が強い場合には、治癒することは難しくても、QOLを改善したり、維持したりするために治療をする価値があると考えます。
特に、口腔内に発生した病変は疼痛が強く、QOLに大きく関わる採食にも影響していくため、迅速な局所制御ができる積極的な外科治療が有効です。悪性黒色腫は放射線や化学療法剤、分子標的薬などに対する感受性についての報告が多数あり、それらを組み合わせた集学的な治療を行うことができます。また、当センターでは免疫療法にも取り組んでいます。
私たちは、動物や病変の状態をしっかりと把握し、飼い主さまともご相談のうえ、動物と飼い主さまにとって最適と考えられる方法を検討し、治療にあたっています。

執筆者

腫瘍科 医長

岡野 久美子