疾患動物情報

  • 種類

  • 品種

    ミニチュア・シュナウザー

  • 年齢

    14歳7ヶ月

  • 体重

    5.64 kg

  • 性別

    去勢オス

主訴病歴

  • 食欲廃絶
  • 嘔吐
  • 黄疸
  • 肝酵素上昇

はじめに

横紋筋肉腫は未分化間葉系細胞に由来する悪性腫瘍であり、骨格筋への分化を様々な程度に示し、多様な組織形態を示す腫瘍です。人では稀な小児がんとして知られ、眼窩や四肢、心筋、胆道、泌尿生殖器などの様々な部位に発生します。犬の胎児型横紋筋肉腫の報告は少なく、過去のケースレポートでは頭頸部や膀胱の発生のほか、膣や四肢における発生が報告されています(図1)。今回、肝外胆汁鬱滞を起こした高齢犬において、これまで報告のない胆管由来の本症を経験したため、診断経緯および臨床的特徴について概要を報告します。

図1 過去の報告における犬の胎児型横紋筋肉腫の発生部位および例数

症例

現病歴

約1ヶ月前から頻回に嘔吐症状を認め、抗菌薬やステロイド剤を用いた対症療法で改善がありませんでした。食欲廃絶と黄疸(TBIl:1.2 mg/dl)に至ったため、当センターを受診されました。

血液・血液化学検査所見

全身性の炎症兆候に加え、胆汁鬱滞を示唆する数値の増加が見られました。肝不全や膵炎を示唆する異常値は認められませんでした。(表1)

表1 当センター初診時の血液・血液化学検査所見

腹部超音波検査所見

肝管および総胆管が顕著に拡張し(7〜8 mm径)、大十二指腸乳頭の肥大(8〜9 mm大)を認めました。

臨床評価および治療プラン

臨床症状の原因は、肝外の胆汁鬱滞に起因すると判断しました。TBIlの上昇は軽度で不完全閉塞と考えましたが、十二指腸乳頭が構造変化を伴うなど内科的支持療法では改善が見込めないと判断し、鬱滞解除および精査のため来院翌日に外科手術を行いました。

手術所見

開腹時に腹水はなく、各臓器の漿膜面に癒着は見られませんでした。肝外胆管は顕著に拡張していました。膨満した胆嚢から穿刺採取した胆汁に色調変化はありませんでした。胆嚢から順行性胆管造影を行ったところ、造影剤は総胆管遠位から十二指腸へ通過せず、管内には造影欠損が存在していました(図2)。

図2 胆嚢からの順行性胆管造影X線像(右)および模式図(左)
総胆管遠位からの通過障害(点線)とともに管内に造影欠損像が認められた(矢印)

総胆管開口部へ十二指腸切開によりアプローチすると、粘膜側へ大きく隆起した大乳頭を認めました。同部の硬化はなく、5Fr栄養カテーテルが挿入可能でした。カテーテルをガイドに乳頭筋を切開すると、胆管から胆汁と半透明黄白色ゼリー状の組織が排出されました(図3)。

図3 乳頭筋切開部位から排出されたゼリー状組織(矢印)

このような内容物は、フラッシュや胆管のマッサージで繰り返し回収されましたが、それでもなお、総胆管内腔に残存組織と思われる構造物を触知したため広範囲におよぶ病変を想定し、内腔の観察を試みました。

乳頭筋切開部から外径2.8 mmの細径内視鏡を挿入しました(図4)。総胆管内腔には同様の組織が、隆起した塊状に壁に緩く付着した状態で観察されました。これら脆弱な組織を可能な限り回収し、最後に胆道造影によって総胆管の疎通性を確認し手術を終了しました。

図4 十二指腸乳頭筋切開部より挿入した細径内視鏡(右)および総胆管内腔鏡視像(左)
胆管から排出されたものと同様のゼリー状組織が壁に緩く付着した状態で観察された

病理組織検査所見

総胆管内組織と乳頭筋周囲組織の粘膜固有層において、紡錘形や星芒状の増殖を特徴とする腫瘍が認められ、消化管間質腫瘍(GIST)と仮診断されました。しかし、その後に追加したc-kitの染色性は非常に弱い結果でした。また、胆管内での特徴的な増殖形態や、総胆管に浸潤するGISTの報告がないことを考慮すると、消化管由来の腫瘍ではない可能性について検討が必要と考えられました。免疫組織化学検査を追加した所、各種筋系マーカーのうちデスミンに対してのみ約1/3の細胞が強陽性を示しました。他の筋系マーカー、Myoglobin、MyoD1、αSMAは陰性を示し、神経マーカーのS-100及び上皮系マーカーのAE1/AE3に陰性でした(図5)。

図5 採取した組織の免疫組織学的検査結果(左)および抗デスミン免疫染色像(右)
デスミンに強陽性を示す腫瘍細胞が認められる

以上より、本腫瘍は筋系マーカーのDesminに陽性を示す横紋筋や平滑筋由来の間葉系腫瘍が鑑別に考えられ、その特殊な増殖形態と他のマーカー結果から、横紋筋肉腫と判断されました。最終的に組織学的特徴の総合評価により、胎児型横紋筋肉腫と確定診断されました。

術後経過

TBil値は術後速やかに低下し、臨床症状も消失しました。追加治療として化学療法を検討しましたが、家族の意向により実施に至りませんでした。術後155日目には再び局所再発による胆管閉塞が顕著となり、食欲不振と削痩が徐々に進行し、219日目に自宅で亡くなりました。

考 察

本症例は犬における胆管由来の横紋筋肉腫の初の報告例です。胆管内に脆弱な組織が増殖する稀な病態を示し、胆汁排泄障害は、腫瘍組織が開口部に詰まることによって生じたと考えられました。
細径内視鏡で観察し得た肉眼的特徴は、他の部位に発生した本腫瘍でも同様の所見が報告されており、診断上重要でした。
一般的に、総胆管閉塞に関連した手術において、内視鏡による観察を予め計画することは少ないですが、本症例を通して内視鏡所見が診断や初回手術範囲の決定に重要な役割を果たす可能性が示唆されました。
内腔の浸潤病変などが疑われる場合には、内視鏡による探索は検討する価値があると思われます。
術後は、早期に症状再発が起こり拡大手術になると予想しましたが、腫瘍の挙動が緩徐で局所的であったことや、人の横紋筋肉腫の治療では残存腫瘍にも化学療法の治療成績が良いことから、術後補助療法は実施すべきであったと考えます。

執筆者

泌尿生殖器・消化器科 医長

赤松 大