はじめに

頚部椎間板ヘル二アは犬の頚部に発生する最も多い脊髄疾患であり、激しい頚部痛や四肢麻痺により動物のQOLを著しく低下させます。内科治療では根本的な解決とならないため減圧手術による治療が必要となる場合が少なくありません。腹側減圧術(Ventral slot Decompression:以下VS)が最も一般的な術式であり比較的手術成績も良いものの、術中の急激な出血や術後の頚椎不安定症など重大な合併症を伴う可能性のある手術でもあります。このため当センター 川崎本院においてVSを実施した症例の予後と合併症について検討しました。

対象症例と調査項目

2007年8月から2023年1月までの15年5ヶ月間に日本動物高度医療センター川崎本院において頚部椎間板ヘル二アと診断し、VSを実施した犬531症例(39犬種、性別:雄 343頭・雌 188頭、年齢:1~18歳(平均8.9歳、中央値9.0歳)。

手術内容、脊髄障害の重症度、予後、術前のMRI所見、術中・術後の合併症について調査しました。

結果

脊髄障害の重症度(グレード)と腹側減圧術実施の予後

VSを実施した全531例の術前の重症度と術後の予後を表1に示します。最も重いG3でも94.4%(全体で95.9%)で改善を認め、86.7%(全体で92.7%)で完全回復が得られました。一方、VS後症状が不変あるいは悪化した症例は16例(3.0%)で、死亡は6例(1.1%)でした。

表1 頸部椎間板ヘルニア症例の術前の重症度および腹側減圧術後の予後
いずれのグレードでも高い改善率を認め、改善と完全回復を合わせた改善率は95.9%であった

髄内変化とグレード、予後の関係

術前MRI検査にて椎間板物質により圧迫された脊髄実質内の信号強度の異常(髄内変化)がみられた症例(図1)は調査した233症例中71例(30.5%)で認められ、グレードの高い症例に多い傾向がみられました。

図1 術前MR画像(矢状断面)
椎間板物質により圧迫された脊髄実質内の信号強度の異常(矢頭)が認められ、髄内変化が示唆された

また、髄内変化を伴わなかった症例と比較して麻痺の残存や死亡症例の比率が高くなる傾向も見られました(表2)。

表2 MR画像による髄内変化の有無と予後
髄内変化を伴う症例は術後の麻痺の残存率や死亡率が高くなる傾向が認められた

腹側減圧術の合併症

術中・術後にみられた有害事象および合併症の中で静脈叢からの出血が調査した233症例中65例(27.9%)と最も多く、一部に急激な出血による血圧低下やヘマトクリット値の低下がみられましたが、止血と急速輸液等の対応により回復し輸血の必要はありませんでした。

調査した233症例中、術中あるいは術後に頚椎不安定性を認めたため13症例(5.6%)で固定手術が実施されており、固定手術を実施しなかった症例でも術後X線で評価した81症例中14例(17.3%)で左右方向へ0.5mm以上の椎体の変位が認められました(図2)。

図2 固定手術をしなかった症例の頚椎X線VD像
術後に椎体の左右方向への変位が認められた

これらのことからVS後には比較的効率に頚椎不安定性が生じており、術後の仏痛や不全麻痺の悪化の原因となる可能性が考えられました。

PMMAプラグの設置による頚椎不安定症の予防効果

術後の頚椎不安定症の簡易的な予防処置としてスロット内にポリメチルメタクリレート(PMMA)によるプラグを設置したところ、プラグを設置した症例ではしなかった症例と比較して疼痛や不全麻痺などの術後の悪化を示す症例の減少が認められました(表3)。

表3 スロット内へのPMMAプラグ設置の有無と術後評価
P群(プラグ設置群)では、NP群(非プラグ設置群)と比べて、術後の悪化率の減少が認められた

考察

全体で95%以上の改善率が得られており、VSは頚部椎間板ヘル二アにおける有効な手術法であることが確認されました。一方、G3における完全回復率は若干低く、術前の脊髄損傷の程度が不全麻痺の残存に関与していると考えられ、MRI検査による髄内変化は予後の指標になると考えられました。急速な出血などの予後に重大な影響を与える可能性のある所見が比較的高率にみられており、観血的血圧測定などによる十分なモ二タリングと鏡視下手術による丁寧な手術操作、適切な対処が必要な手術と考えられました。また、術後の頚椎不安定症は予後を悪化させる因子であり、PMMAによるプラグの設置は術後の悪化をある程度予防できるものと考えられます。

執筆者

脳神経・整形科 医長

鬼頭 梨永